東京大空襲から70年

今日3月10日は東京大空襲から70年経ちます。

今日の患者さんたちに当時の事を聞いてみました。

認知症の方は記憶が曖昧でしたが、施術中眠ってしまった90歳の男性の場合はベッドの横で娘さんが当時の様子を聞かせてくれたり、普段「早く死んで、あの世へ行きたい」と言っているおばあちゃんが当時の様子を能弁に語ってくれたり。

90年の人生の重さの陰に悲痛の思いがあったんだと、改めて感じました。
そのおかげで僕らの人生が続いているんですね。

娘さんの話ではおじいちゃんはその当時は戦地へ行っていた。20歳前に赤紙が来て終戦近くに召集された。
中国で左足を撃たれ、動けなくなり、敵が来たら自爆して道連れにしてやろうと仰向けに倒れながら手榴弾を持っていた。その時の心境は「ああ、これで死ぬのかという諦めや感傷ではなく、ただ任務がこれで終わってしまう」という気持ちだった。
そこへ、戦友が戻って来て肩を貸してくれ何とか歩き手当を受けることができた。帰国後は弾の破片が神経組織にまで散乱していて手術ができなかったのでかなり痛んだ。就職に不利になるので足の怪我のことは話せなかった。
戦友会でその助けてくれた戦友と再会し、涙を流して再会を喜んだ。
お兄さんはシベリアへ抑留され、戦後4年も経ってようやく帰国した。帰国後は戦争ボケで呆けたようだった。
でも二人とも戦争の話になると口が重くなり、あまり話してくれなかった。でも二人とも生きて帰ってきたから私たち家族が存在するんですよね。

…戦争体験者から直接話が聞けるのは本当にこの数年ですね。戦闘機乗りが若く出征してますからそれでも今は88才くらいです。

上記の患者さんの楽しみは訪問マッサージです。
企業年金が解散して年金額が減って、他のサービスを全てキャンセルしてもマッサージは残してくれています。
その方の肩と手を取り、今は私が立たせる訓練をしています。今日のお話を聞いて、命がけで戦った方の人としての尊厳を少しでも持続する為にも、リスペクトして施術に身が入ります。

その方のベッドの横には当時の飯盒が置いてあります。
それを見ていつもどんなことを思っているのだろうか。

必死に生きてこられた患者さんのお話は謙虚にならざるを得ません。

by 五味哲也

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